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大阪高等裁判所 昭和33年(ラ)358号 決定

抗告人 木村長造

訴訟代理人 石川一

主文

本件再抗告を棄却する。

再抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

再抗告理由第一点について。

原裁判所は、前田俊成は同人と抗告人との間の大阪簡易裁判所昭和三〇年(ニ)第一一四号建物収去土地明渡調停事件調書の執行文付与に対する異議の訴(同裁判所昭和三一年(ハ)第六五四号)につき、同裁判所昭和三一年(サ)第五一七号強制執行停止決定申請事件の保証として昭和三一年五月二八日三〇〇、〇〇〇円を供託することにより同日その停止決定を受け、ついで前示異議の訴(以下本案事件という。)につき前田俊成敗訴の判決を受けたので、前田俊成は原裁判所に控訴の申立をし同裁判所昭和三二年(モ)第四五二号強制執行停止決定申請事件の保証として昭和三二年一〇月五日三〇〇、〇〇〇円を供託してその停止決定を受けたところ、大阪簡易裁判所は昭和三三年一月一六日前示同簡易裁判所昭和三一年(サ)第五一七号事件の保証は、前示原裁判所昭和三二年(モ)第四五二号事件の保証(供託により担保)事由が消滅したものとして、これを取り消したこと、昭和三〇年六月一日以降の係争土地の約定地代は月額五、〇〇〇円(年額六〇、〇〇〇円)であつて強制執行を停止されたことによつて抗告人の被る損害はほぼ右地代相当額であり、本案事件は五年間でその第一審及び第二審手続が終了するであろうことを認定したうえ、一般的に特別の事情のないかぎり第二審裁判所のした債務名義に基く強制執行の停止のための保証は、第一審裁判所における執行停止によつて生じた損害をも含めて担保すべきものと解し、本案事件の第二審裁判所の停止決定において第二審裁判所が命じた前示保証三〇〇、〇〇〇円は五カ年間の前示地代相当の損害額にあたるから第一審裁判所における執行停止決定によつて生じた損害をも担保する趣旨であると判断したものである。思うに強制執行法上の訴提起による執行停止決定は、常に当該審級における判決言渡あるまで、執行を停止するものであるから、下級審が執行停止の保証を立てさせる場合、当該執行の停止による損害の額を予測し、その自由裁量によりこれを定めるべく、上級審においてなすであろう執行停止による損害の額を予測してこれを定めるべきものでないことはいうまでもない。同様に上級審が執行停止をする場合の保証は、特別の事情のないかぎり、上級審における執行停止の時からその判決言渡あるまでの間の執行停止による損害のみを担保するものであつて、その損害の額を予測して保証の額を定めるべきである(上訴による執行停止の保証において、(1) 仮執行宣言付判決に対し上告があつたときに、第二審判決のみならず第一審判決の執行をも全部停止し、したがつてその保証は控訴審、上告審を通じての停止期間中の損害を担保させる場合((大審院昭和三年(ク)第九八九号事件同年一一月一五日決定・民集七巻九九三ページ・大正一一年(ク)第一九号事件同年四月四日決定・民集一巻一六三ページ))と(2) 第二審判決のみの執行を停止させて上告審の停止期間中の損害を担保させる場合((大審院昭和一一年(ク)第四九号事件同年二月二二日決定・評論二五巻民訴三三ページ))とにつき二つの異る大審院決定があり、後者はもちろん前者の決定もまた強制執行法上の訴提起による執行停止の保証の担保すべき損害の範囲ついての前示見解に抵触するものではない。)。それゆえ、特別の事情のないかぎり、上級審において立てさせた保証は、下級審における執行停止期間中の損害を担保するものではないと認むべきである(前示(2) の大審院決定参照)。しかしながら上級審が強制執行法上の訴の目的たる債務名義に基く執行の停止をするに当り、特に下級審におけるその執行停止期間中の損害を担保する趣旨で保証を立てさせることは法の禁ずるところではないと解せざるを得ない。したがつて特に上級審が下級審における執行停止期間中の損害も併せて担保する趣旨で保証を立てさせた場合は、下級審は当然その立てさせた保証につき担保の事由がやんだものとして担保取消決定をなすべきである(前示(2) の大審院決定参照)。ところで、原裁判所の確定した事実によれば、大阪地方裁判所の立てさせた保証額三〇〇、〇〇〇円は五年間に抗告人が執行停止によつて被るであろう損害の額に相当するものであり、他方本案事件は特に繁雑なものではなく、五年間にはその第一審及び第二審手続が終了するものと推定されるものである。とすると、大阪地方裁判所が前示保証を立てさせるにあたり、特に第一審における執行停止期間中の損害をも担保させる趣旨で保証の額を決めたものと原裁判所が判示したことをもつて法令の解釈ないし適用を誤つたものということはできない。また第二審裁判所が停止決定をするに当り前示趣旨を明示しなければならないものでもない。たとえ大阪簡易裁判所がその立てさせた保証三〇〇、〇〇〇円は、第一審判決の言渡のあるまでの期間中の、つまり第一審手続中のみの損害を担保する趣旨であるとしても、第二審裁判所はその自由裁量に基いて同額の三〇〇、〇〇〇円をもつて第一審及び第二審手続中の損害を担保しうる額であると認めたものであつて、違法ではない。第二審裁判所が特に第一審における停止期間中の損害をも担保させる趣旨で保証を立てさせる場合、担保権利者を審尋しその意見を述べさせることは必ずしも必要ではない。たとえ担保供与者たる前田俊成が本件供託金三〇〇、〇〇〇円の取戻請求権を二井蓄電器株式会社に譲渡しその旨大阪法務局に通知しているとしても、右取戻請求権は担保権利者の有する担保権(民訴法一一三条)の消滅を条件としてこれを行使しうるものであつて、その権利を行使しうる者がなん人か不明確ということはできない。

抗告人の右主張はすべて採るをえない。

再抗告理由第二点について。

およそ強制執行手続上の訴提起等による執行停止の保証の額は、当該裁判所が本案事件の審理期間、不動産明渡などの場合はその賃料額など、あるいは疎明からうかがわれる経済事情等を考慮したうえ、その自由な裁量によつて決めるべきものであるが、たとえ抗告人の主張するように、その後抗告人が本件土地を八〇〇万円以下では他に売り渡さないほどその価額に変動があり、あるいは前田俊成が本件土地上の建物等を高額の賃料で他に賃貸しており、原裁判所認定の昭和三〇年六月一日現在の地代がその後の経済状勢にそわなくなつたとしても、そのことは直ちに大阪地方裁判所がその自由裁量によつて前示保証の額を決めたことを違法ならしめるものでなく、したがつて同裁判所が前示保証をもつて第一審における執行停止期間中の損害をも担保せしめたことを違法ならしめるものではない。抗告人のその余の主張は、原裁判所のした事実認定を非難するに帰するものであつて適法な再抗告理由とすることができない。

抗告人の右主張は採用できない。

そこで、民訴法四一三条四一四条四〇一条八九条九五条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)

代理人石川一の再抗告理由

第一原決定は、本件第二審の為したる執行停止保証金は、第一審の抗告人木村長造の損害担保を含めた保証金と解すべきものと判断せられたが、〈い〉第二審の執行停止保証金が第一審の執行停止保証金を包含する旨の御判断は何等法律上根拠のない処で、新たに生じた再抗告理由に属する。右御判断によれば、相手方の二審執行停止申請にその旨申請原因として明記すべく、二審決定に其旨判断を下すべきに、二審停止決定に何等この点の判断明記がなく、従つて二審停止決定は一審停止保証金を含めたものでない事は明らかであるから、御判断の如きは二審停止決定の予想しない意外の事に属する。即ち、一審保証に基く停止決定の保証金を含め更に金何円の保証金供託を命ずとか明示すべきに、本件は単に停止発令日より二審判決まで執行停止というにありて発令前の期間をも含む決定趣旨と明記してない。〈ろ〉一審が其判決までの損害保証を金三十万円と限定したものを二審の停止が停止以前一審分を第二審停止決定以前一審停止以後の分に遡及せんとするならば、一審の判決時まで三十万円と一審の見積に対し二審が二審の判決まで(二審停止決定より)三十万円そこそこならば均等(見積として)がとれているけども、一審中まで遡及的効果包含との御判断は一審中だけの三十万円に比し予想外の過小見積となりその解釈の失当自明である。その御判断の非常理明白である。〈は〉二審停止決定の保証金が一審間の損害金参酌してのものならば、宜しく一審間の損害に付被害者木村長造に対しこれが審査意見を徴すべきに、かかる審査もなく前例としてもこの実例皆無である。〈に〉殊に本件では、供託者前田俊成は二審停止保証金供託俊一、二審停止保証金還付請求権を第三者二井蓄電器株式会社に譲渡し保証金受入の第三債務者大阪法務局へ通知をしておる。この場合この譲渡通知以後先取権は抗告人か二井蓄電器株式会社か。原審御判断の如き文意の明文法規なきが故に疑問続出せん。〈ほ〉兎に角一審中に限つた一審停止保証金三十万円これをもつて本件二審は二審中に限り二審停止保証金三十万円である本件は金額が同額であり、二審前の一審停止保証金と全然別途に二審中を眼中に決定した事、即ち各審級毎の効力と解せしこと、金額の点その各審級期間内のみであることは当然過ぐる程当然で、前審の一審中をも遡及効でないこと法理上、実際上、前例上、一点も疑問なき処になるに、これに反する新判断は失当である。

第二殊に、右御判断が抗告人の実損が月五、〇〇〇円のみと専断、之に基因する旨御判断の処、〈へ〉右は御判示昭和三十年六月一日の見解なるが、土地の値上りは同年月を以て其後三、四年に亘る間をも同視するは、甚だ実状にそわない非理である。〈と〉実際は本件土地上の一部平屋約十四坪だけを昭和三十一年六月一日から被抗告人前田が保証金三十五万円を一ケ年内の賃貸に受入れ、毎月の家賃二万円としていること、その隣の七坪余、その又隣、又隣を松本利朗、松菱油店等転貸料それぞれ相応徴収の事実を審査あらば、三、四年以前同様五千円割とする御判断の失当明白ならん。右二井蓄電だけでも二万円の事、昨三十二年十月四日北税務署の被抗告人前田の二井対債権差押通知書に明記されてある。〈ち〉抗告人木村は昨年七百万円位程にて現状紛争中のまま第三者より買入談あるも、八百万円位以上にあらずんば応諾せずと云う次第(本件は九十余坪である)。〈り〉従つて原審御判断は三、四年以前の賃料それも前からの関係を斟酌し特別値そのままと化石視の失当を基本としたもので活きた大阪繁栄実地を無視し前項法理をも紊つた失当あるものである。

第三右失当は原審に於て民事訴訟法第四一四条四一三条により控訴審の手続準用により調査すべき法理を用うべきにその事なく前示化石的等専断に及ばれ、抗告人の損害担保を減殺せられた事、而も法理にそむき前例に反し一、二審保証金均等を無視は失当も甚だし。

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